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いまだからこそ知っておきたい、インターネットを支える人たちと仕組みのこと

2018.04.10

誰もが使いやすいインターネットを目指して

蛇口をひねれば水が出てくるように、ブラウザーを開けばいつでもインターネットにつながる。こんなごく当たり前の日常を送れる背景には、インターネットに必要な「IPアドレス」を管理するインターネットレジストリの存在があります。インターネットレジストリは世界の国や地域単位で運営されており、日本では日本ネットワークインフォメーションセンター、通称JPNIC(Japan Network Information Center、ジェイピーニック)という団体が管轄しています。そう、いまあなたが使っているパソコンやスマートフォンにも、JPNICを経由してIPアドレスが必ず割り振られているのです。今回は、レジストリによる管理業務に精通し、「インターネットの裏方」としてさまざまな組織で尽力されてきたJPNICの前村昌紀氏に、インターネットレジストリの基本的な役割から、インターネットの課題とあり方まで、詳しくお話をうかがいました。


前村昌紀(まえむら・あきのり)
一般社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC) インターネット推進部部長/ICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)理事 1991年にNEC入社後、1994年に同社インターネットサービス立ち上げに参加。以降バックボーンネットワークの設計、対外接続部の設計運用、渉外業務を担当。1997年にJPNICの運営委員となり、これ以降、同団体にてIP分野担当理事、IP事業部部長を歴任し、2009年よりJPNIC インターネット推進部部長(現職)を務める。また、2000年から2016年2月までAPNIC(Asia Pacific Network Information Centre)理事(2003年からは理事会議長)。2016年11月にインターネット資源の国際的な管理団体であるICANN理事に就任。



「インターネットレジストリ」とは?

編集部:インターネットはいまや世界中の人々にごく当たり前に利用されている、社会生活に欠かせない重要なインフラです。その裏では世界中に点在するJPNICのようなインターネットレジストリがインターネットを管理していることを、業界の方であっても、普段意識することはあまりありません。そこで、インターネット資源の管理とはどんなものか、なぜ必要なのか、お聞かせください。

前村氏:「レジストリ(registry)」とは、英語で商標や不動産などの「登録」「登記」を意味する語です。インターネットの世界でも、「IPアドレス」や「ドメイン名」など、登録して管理すべきものがいくつかあります。これらのインターネット資源を管理する団体を「インターネットレジストリ」(以下、「レジストリ」)と呼びます。
IPアドレスやドメイン名は、インターネット上でどこからどこへ情報を伝達するかを示す識別子で、いわば「インターネット上の住所」のようなもの。IPアドレスは決まったビット数で表現される数値ですから、その数は有限です。これをインターネットに接続されるすべての機器に、世界中で重複することなく割り当てなくてはなりません。また、文字列で表記されたドメイン名は、住所としての役割のほかに、企業や団体のブランド名を示すものとしても認識されているため、適切な登録管理が必要です。


編集部:仮に、こうしたインターネット資源を管理する人が誰もいなかったら、世の中はどうなるのでしょうか?

前村氏:ひと言でいうと、混乱が発生します。例えば、Aさんに送ったはずのメールがまったく知らないBさんに届く、ニュースサイトを開いたつもりが見覚えのない海外サイトにつながってしまう、といったことが起こるでしょう。世界ではいま30億人がインターネットを利用しているといわれ、サイバー空間でも現実社会と変わらない市民生活や経済活動が営まれています。個人情報や機密情報、決済情報など、非常にクリティカルな情報もやりとりされるため、それらを安全かつ確実に送受信する大前提として、IPアドレスの根本的な信頼性が担保されなければ、社会インフラとしてのインターネットは成り立ちません。

デジタル化社会におけるインターネットの課題①
個人情報の保護

編集部:デジタル化の進展とともに、インターネットの利用はますます重要になってきています。現在、レジストリにとっての課題は何でしょうか?

前村氏:ここ20年で一番大きくなってきたのは、「プライバシー」「個人情報保護」の問題です。インターネットもかつては規模が小さく、ユーザーが限られていたため、牧歌的に運営されていた時代がありました。しかし、いまや世界中の誰もがインターネットを使うようになり、生活が便利になると同時に、悪意ある利用も増え、脅威も高度化しています。こうした状況で個人情報をインターネット上でやりとりすることへの警戒心が高まり、プライバシー保護の重要性が大きく叫ばれるようになってきました。一方で、レジストリは識別子の使用者を特定できなくてはならず、その情報を「WHOIS」というデータベースで公開しています。識別子の管理と、それに紐づけられている個人情報の保護とのバランスが非常に難しくなっています。

例えば、EU(欧州連合)では今年5月にGDPR(一般データ保護規則)の施行が開始され、EU居住者の個人データを扱う企業はこれを遵守して個人情報を厳格に管理することが求められるようになりますが、GDPRでは「WHOIS」の個人情報がどう位置づけられるのか明確に定義されておらず、いまだ議論が続いています。


デジタル化社会におけるインターネットの課題②
IPアドレスの枯渇

前村氏:デジタル社会を迎える上でのもう1つの大きな課題が、「IPアドレスの枯渇」、つまり、IPアドレスが足りなくなってしまうことです。インターネット人口の増加に加え、さまざまなモノがネットワークにつながるIoTが拡大するなか、IPアドレスの需要は高まる一方ですが、前述のようにIPアドレスは有限の数値であり、割り当てが進めば在庫が尽きてしまいます。現在使われている32ビットの「IPv4アドレス」は約43億個存在しますが、未使用在庫が2011年には世界的になくなり、9,300万以上の割り当てを行ってきたJPNICにも、未使用在庫はもうありません。

編集部:何か対策はあるのでしょうか?

前村氏:IPアドレスの枯渇は以前から予測されていたことなので、JPNICとしては2008年から他のインターネット関連団体とともにタスクフォースを立ち上げ、課題の周知と対応策の検討を進めてきました。IPv4の枯渇後は、使われなくなったIPアドレスを有効に再利用するポリシーを整備するほか、IPアドレスの「移転」という手続きを取れるようにし、事業者間での調整を可能にしました。根本的な対策は、128ビットで3.4×10の38乗という莫大な個数がある「IPv6アドレス」への移行ということになります。開発当時は移行がスムーズに進むと予測されていたのですが、事業者にとっての技術的、経済的なメリットがあまりなく、時間がかかっていました。「キャリアグレードNAT(Network Address Translation)」というアドレス変換技術によりIPv4を使い続ける方法もありますが、最近になってこれではコスト負担が大きすぎるというビジネス上の判断から、IPv6への移行を検討する企業が増えてきており、移行への機運が高まってきました。

大きくなっていくJPNICの役割、その歴史と背景

編集部:インターネットは誕生からたった30年の間に社会的な役割を担うまでに成長しましたが、この間、JPNICの地道な活動の積み重ねがあったことと思います。発足当初から現在まで、どんな活動をされてきたのでしょうか。

前村氏:そもそもインターネットが始まったばかりの頃は、レジストリ機能を担う団体はありませんでした。当時は南カリフォルニア大学の故ジョン・ポステル教授がレジストリの先祖のような役割を果たしていて、IPアドレスの管理ルールも「アドレスが欲しい人はジョンに連絡する」というだけ。申請が来ると彼が「じゃあ、いいよ」といって配布していたんです。おおらかですよね(笑)。そのうち日本の研究者の間でインターネットに注目が集まりだすと、日本からの申請メールが次々と送られてきて、ポステル氏だけでは処理しきれなくなってきました。そこで、当時東京工業大学で日本のインターネットの起源とされるJUNET(Japan University NETwork)を創設・運用していた村井純氏(現・慶應義塾大学環境情報学部教授)にまとまった数のIPアドレスが託され、これを大学教員を中心とした「ネットワークアドレス調整委員会」が管理するようになりました。これが日本におけるインターネットレジストリの始まりです。その後1990年代の初めにJPNICの前身であるJNICが発足し、レジストリ機能を引き継ぎましたが、当初の専任担当者は3~4名ほど。当時はこの程度の体制で良かったんですね。

編集部:生まれながらにインターネットを使っているデジタルネイティブ世代には、インターネットが人の手作業で管理されていた時代があったとは驚きでしょうね。


前村氏:コンピューター上のことなのですべて自動で行われているように思われるかもしれませんが、実際には電気や水道などの社会資本と同じように、インターネットも根本の部分では人の手で成り立っているわけです。
インターネットの拡大とともに運用上の課題が多様化、複雑化してきたことを受け、学術組織の色合いが強かったJNICは参加ネットワークを会員とする任意団体JPNICとなり、1997年には社団法人化されました。組織規模も大きくなり、現在は28名の職員で運営しています。JPNICの主な仕事は2つ、1つはここまでお話ししてきたIPアドレスの割り当てと管理(ドメイン名の管理は2002年に日本レジストリサービス(JPRS)に移管)。もう1つは、インターネット基盤整備事業と呼んでいる会員企業各社からの会費を原資とした公益活動です(ファーウェイは2018年度から会員)。資源管理やセキュリティなどインターネットを支える重要な技術情報の調査研究と普及啓発を行うほか、他の関係団体とともにインターネットガバナンスに関する議論に参画しています。平たく言えば、「インターネットのプロモーション」といったところでしょうか。グローバルではISOC(Internet Society、アイソック)という団体が担っている活動にあたります。


編集部:ファーウェイがサポートしている「Internet Week」も、こうした公益活動の一環なのですね。

前村氏:その通りです。1990年にインターネット関係者の情報交換の場としてスタートした「IP Meeting」を前身とし、1997年から現在の名称で毎年開催しており、昨年12月の実施で21回目を迎えました。当初は関係者間の調整を行う会合という性格が強かったのですが、その後はネットワーク技術者への急速な需要の高まりを受けて、エンジニアの育成に力を入れてきました。最近では、インターネットがインフラ化し、クラウドサービスなどの利用も増えてきたことで、ネットワークの構築そのものに関わるエンジニアが少なくなり、「基盤技術は一部の専門家のもの」とされる傾向があります。しかし、既存のネットワークやサービスを利用するエンジニアの皆さんが基礎的な知識を持つようになれば、インターネットはよりよいものになっていくはずです。そのため、Internet Weekでは最新動向とともに基礎的な知識を学べる機会を提供していきたいと考えています。端末からネットワークまで幅広い事業を展開するファーウェイにこうした趣旨を理解いただき、サポートや助言をいただけるのはありがたいことです。

世界中の誰もが使いやすいインターネットを考える

編集部:JPNICの活動とは別に、一昨年から国際団体ICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers、アイキャン)の理事を兼任されていますが、ICANNとはどのような組織なのでしょうか。
前村氏:インターネットの各種資源の世界的な調整を行うICANNは、実はJPNICより後の1998年に設立されました。(年表参照)。当時はインターネットの商用化が進み、全世界的に「.comドメイン名」を含む商標をめぐる対立が問題になっていました。ICANNはこうしたドメイン名に関する商標の問題に対処するとともに、「IANA」という非営利団体が担っていたIPアドレスとドメイン名の管理を引き継ぎ、グローバルで考えるべきインターネット資源の調整について、世界の各地域からの関係者の議論でルールや方針を決めようと設立された団体です。私はIPアドレスを担当する組織からの代表として理事に選出されました。ICANNでは理事会を世界各国の出身者で構成するという方針があり、アジア・太平洋地域からの理事は私ともう1名(オーストラリア出身)となっています。


編集部: ICANNではどのような役割を果たされているのですか。

前村氏: ICANNの主要な役割はグローバルのドメイン名に関するポリシーの策定・立案・実施ですが、ドメイン名の問題は商標がからむこともあり、ビジネスの視点に偏りがちです。一方、私はIPアドレス領域の専門家として、ビジネスから離れた「インターネットとはどうあるべきか」という観点を提示しやすい立場にあります。また、アジア出身という点からは、アジア地域は欧米と比べて国ごとの文化的多様性がとりわけ高いので、「誰もが使いやすいインターネット」を実現するためにも、それを意識した提案をするよう心がけています。例えば、アルファベットで表記されるドメイン名を各国の言語や文字種で使えるようにする「国際化ドメイン名」のプロジェクトでは、私がワーキンググループのチェアを務めています。日本人は比較的アルファベットのドメイン名に抵抗がありませんが、中国やアラブ圏ではアルファベットが読めない人も多く、自国の文字で表現されたドメインへの要望が高いです。しかし、グローバルにアクセスできるインターネット上では、他国の人が見て判読できないのは不安だという考えもある。国際化ドメイン名への取り組みは2000年代初頭に始まりましたが、現在まで議論が続いています。

編集部:万人がインターネットを使う世界では、多様な視点が必要になるのですね。

前村氏:そうですね。インターネットガバナンスにおいては、マルチステークホルダーという考え方が重視されています。世界各国、また産官学プラス利用者という多種多様な利害関係者がガバナンスの意思決定プロセスに関与することで、世界中の人が幅広い目的で利用するインターネットをより良いものにしていこうという理念です。未来永劫、インターネットを快適で便利なものにしていくにはどうすればよいのか、あらゆる関係者が知恵を出し合って議論していく。JPNICやICANNはそうした場を提供するという役割も担っています。こうした活動を通じて社会インフラとしてのインターネットを支え、そのさらなる進化を促進する一助となればと思っています。



インターネットを学ぶ・調べる~JPNICの主な普及・啓発活動

01 「Internet Week」の開催
年に1回、インターネットに関する技術の研究・開発、 構築・運用・サービスに関わる人々が一堂に会し、 主にインターネットの基盤技術の基礎知識や最新動向を学び、議論し、理解と交流を深めるためのイベント「Internet Week」。ベテランから若手まで、さまざまなネットワークエンジニアが集まり、多彩なテーマで技術セミナーやセッションを実施しています。最終日には母体となった「IP Meeting」の名を冠したフォーラムを開催。昨年は「向き合おう、“グローバル”インターネット」をテーマに、JPNIC理事長で早稲田大学教授の後藤滋樹氏による基調講演のほか、ジャーナリストの津田大介氏や慶應義塾大学教授の土屋大洋氏、株式会社企代表で総務省情報通信政策研究所コンサルティングフェロー等を務めるクロサカタツヤ氏らが登壇したパネルディスカッションも行われ、これからのインターネットのあり方について活発な議論が繰り広げられました。ファーウェイは2015年からInternet Weekに協賛し、参加者の交流促進のために会場でのコーヒーブースの提供などを行っています。

『インターネット白書』へのデータ提供
インターネットやICT業界について調べるなら一度は目にする、インターネットに関する最新動向と各種統計データをまとめた『インターネット白書』。JPNICは編集委員として企画・編集に携わっており、前村氏も寄稿者の1人となっています。今年度版は2月に電子版・書籍版として発刊されました。

インターネット白書2018
デジタルエコノミー新時代の幕開け
編者:インターネット白書編集委員会
発行:インプレスR&D