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水道メーター最大手・愛知時計電機が目指すNB-IoTスマートメーターとその先

2018.04.10

IoTを実現する通信規格の1つとして注目されているNB-IoT。規格の標準化が完了し、2018年には多くの分野で商用化が進むことが期待されています。携帯電話研究家としてフィーチャーフォンからスマートフォン、2Gから4Gへとモバイル通信を追いかけてきた山根康宏氏が、5Gの到来とともにNB-IoTがもたらす“つながった”未来を、世界各国の導入事例を紹介しながら探っていくこのコーナー。今回は日本で水道メーターのスマート化に向けた実証実験に取り組む愛知時計電機株式会社の事例を取り上げます。



山根康宏(やまね やすひろ)

香港を拠点とし、世界各地で携帯端末の収集とモバイル事情を研究する携帯電話研究家・ライター。1,500台超の海外携帯端末コレクションを所有する携帯博士として知られるが、最近では通信技術やIoTなど広くICT全般へと関心を広げ、多岐にわたるトピックをカバーしている。『アスキー』『ITmedia』『CNET Japan』『ケータイWatch』などに連載多数。


振り子時計から水道メーターへ 創業120年の最大手メーカーが取り組むスマートメーター

5Gの商用化を前に、世界各地でNB-IoTを利用したモノのインターネット化が進もうとしている。2月にバルセロナで開催されたMWC2018でも、各国の通信事業者の展示ブースにはNB-IoTをはじめとするLPWA(Low Power Wide Area)技術を使ったソリューションのテスト事例が数多く展示されていた。駐車場の有効利用や路上のごみ箱の回収作業の効率化など、LPWAはセンサーデータを活用した新たなビジネスを生みだしつつある。

日本でもNB-IoTの商用化に向けた取り組みが始まっている。今回紹介するのは、水道メーター大手の愛知時計電機株式会社(以下、愛知時計)。同社は2018年1月から3月までの3か月間、NB-IoTによる水道メーターの自動検針の実証実験を行った。同社経営企画室 LPWAプロジェクトチーム室長の河上智洋氏、R&D本部 技術開発部 経営企画室 LPWAプロジェクトチーム主査の瀬尾博氏に話をうかがいながら、水道メーターのスマート化の意義やNB-IoTのメリットを探ってみよう。

愛知時計は1898(明治31)年に壁掛け式振り子時計のメーカーとして創業した老舗企業である。時計の動作に使われるゼンマイの技術を応用して水道メーターの製造を開始したのが1927(昭和2)年と、メーター事業でも長い歴史を持つ。30年前までは時計の製造も続けていたが、いまでは水道、ガスメーターのほか、流量センサーや水位計など、流体用の計測機器を幅広く手がけ、水道メーターでは市場シェアトップとなっている。その愛知時計が主力ビジネスの次のステップとして目を付けたのが、水道メーターの自動検針化だ。

現在、日本国内には約5,000万軒の家屋があり、商業施設も加えると1億台にのぼる水道メーターが稼働している。こうした水道メーターは通常2か月に1度検針が行われる。電子式の自動検針システムも存在するが、一般家庭などの多くで利用されているのは旧来からのアナログ式のメーターで、検針員が巡回してメーターを読み取っている。
しかし、人力では読み取りミスを100%なくすことは難しい。また、水道メーターは地中に埋まったボックス内や家の裏手の奥まったところなど検針しにくい場所に設置されている場合が多い。店舗のシャッターが下りていたり、メーターボックスの上に車が止まっていたりして検針できないこともよくある。そこで注目を浴びているのが、水道メーターの自動検針化だ。

祖業はボンボン時計の製造。ゼンマイの技術を活かして水道メーターを開発し、流体用計測機器メーカーとして発展してきた

全国規模のカバレッジと地中まで届く高出力が利点

これまでにも有線や429MHz帯などの特定小電力無線、PHSなどを使った自動検針が可能なメーターはあった。しかし、有線は設置できる条件が限られるうえコストがかかり、無線接続の場合はデバイスの電源が大きな懸念となる。一方、LPWAなら無線接続で高頻度の通信を行っても、内蔵電池で10年近く利用できる。実際、水道メーターは8年間で交換することが義務づけられているので、メーターと同時にモジュールを交換すればよいのだ。

愛知時計は今回の実証実験でNB-IoT方式を採用した。その理由として、河上氏は「コスト面では他のLPWA方式と比べて大きな違いはない」と前置きしつつ、「NB-IoTならすでに日本全土をカバーしているセルラーネットワークを利用できるメリットが大きい」と説明する。既存のLTEネットワークのカバレッジがそのままNB-IoTのエリアとなるため、電波環境をあらためて調査・テストする必要がない。また、水道メーターは全国に展開しているので、通信方式も全国どこでも使えるものであることが重要になる。

他のLPWA方式より出力が高いこともNB-IoTの利点だ。水道メーターは地中に設置されており、雨水や漏水で水没していることも多い。こうした設置条件を考えると、水道メーターの自動検針化にはLTEよりもさらにカバレッジが深いNB-IoTの利用が最適なのだ。
今回の実証実験では、愛知県内9か所に自動検針対応の水道メーターを設置。いずれも地中に埋まったボックス内に設置され、データの受信強度や通信成功率、通信時間などの検証を行っている。

水道メーターは一般的な機械式のものを利用。これに同社が開発した光ピックアップ方式のアタッチメント(写真の青い部品)を装着することで、メーターを自動で検針する。これはメーターの指針にLEDライトで光を照射し、その反射からメーターの回転数を読み取るというもの。アナログのメーターデータを光を使ってデジタル化するというアイデアだ。これなら既存のメーターを取り替えることなくそのままスマートメーター化できる。アタッチメントにはNB-IoTモジュールとSIMカードが搭載され、取得したデータは共同で実験を行うソフトバンクのIoTプラットフォームへと送信される。
実証実験では1時間に1回のデータ取得を行った。通常は2か月に1回であり、「これほど短いインターバルで水道利用量のデータを取得することはこれまでできなかった」(瀬尾氏)という。

愛知時計が独自に開発した光ピックアップ方式の自動検針アタッチメント。一般的な機械式水道メーターに取り付けられ、内蔵のNB-IoTモジュールでデータを送信する。実験ではこのアタッチメントを装着した水道メーターを地中のボックス内に設置し、通信の検証を行った

これまでにない頻度のデータ収集が新たなビジネスチャンスを生む

水道料金の計測だけであれば従来通り2か月に1度の検針でも十分だろう。しかしNB-IoTを活用しデータ取得頻度を高めれば、そのデータが新しい価値を生み出すものになる。

愛知時計はソフトバンクとともに、「スマートメーターで取得するデータと日常の活動との関連性を分析し、見守りサービスやヘルスケアなど、新しいサービスの創出に向けて検討を進める」(プレスリリースより)という。例えば、お年寄りの家庭でいつも水道が使われる時刻にまったく使われなければ、異常事態が起きたのではと推測できる。一般家庭であれば日々の水道の利用サイクルはほぼ一定だろうから、水道利用量というビッグデータの解析から新しいビジネスチャンスを生むこともできるわけだ。

これだけ高頻度なデータを集めることができるようになったことは、同社としては「まったく未知の領域」(河上氏)だったという。現在同社では、今後どのようなデータが取得できそうか、それをどう活かすことができるか、水道事業者とともに可能性を探っているところだ。メーターから収集したデータ専用のクラウドを構築し、事業者がデータを毎日取得できる仕組みを作ることも計画している。いずれは、時間ごとの利用量の分析に基づいて時間帯別に水道料金を変えるといったこともできるかもしれない。実証実験で得られたデータは、水道メーターそのものの販売から、データ解析・データ販売という新しいビジネスを導くものにもなるのだ。

愛知時計電機株式会社 経営企画室 LPWAプロジェクトチーム室長 河上智洋氏

同R&D本部 技術開発部 経営企画室 LPWAプロジェクトチーム主査 瀬尾博氏

世界標準規格の強みを活かし海外事業の拡大も視野

とはいえ、水道事業は公共事業であり、市町村へ自動検針水道メーターの導入を促すためにはコストメリットをアピールする必要がある。愛知時計の方式では水道メーターは既存のものをそのまま利用できるものの、モジュールのコストは別途かかる。自動検針化のメリットと、スマートメーターから得られるデータの価値が、コストを上回るものだと認識してもらえなければならない。
メーターボックスの蓋を開け、地面にしゃがみこんで検針する作業はなかなかの重労働で、検針員の確保は年々難しくなっているという。また、家屋が点在する過疎地では1軒ずつ検針に回るのは非効率だ。人材確保や人件費の点で自動検針化がもたらすメリットは大きい。
また、上述のような水道利用のデータ活用に加え、ガスや電力など他のユーティリティのデータとも連携すれば、その価値はさらに高まる。利用量だけでなく、塩素濃度や水道管の劣化状況などのデータも収集できるようになれば、検針以外の水道管理も大幅に効率化できる。
PHSなどを使った既存の自動検針メーターと比べれば、NB-IoTはモジュールも通信費用も安価だ。データ活用が生み出す新たなバリューと、自動検針化で削減できるコストを考えれば、導入費用は十分回収できるものになるだろう。愛知時計の実証実験でどこまでNB-IoT導入のメリットが明らかになるか、その結果に大きな注目が集まっている。

人件費削減とデータ活用で導入コストを上回るメリット

愛知時計では日本のみならず、海外への事業展開も行っている。中東やヨーロッパ、アメリカでは水道メーター、中国ではガスメーターが中心。まだ売り上げの10%以下と規模は小さいものの、今後NB-IoTの普及に合わせ海外事業の拡大も視野に入れているという。
ユーティリティは自然資源に基づく社会インフラであるため、国ごとに状況が大きく異なる。中東のように水資源が乏しい国では漏水対策が厳格に求められるので、より精度の高い電磁流量計の需要が高い。また、日本のように月単位で検針せず、毎月の自己申告分を年1回の検針で調整するという国も多い。有線回線やGSM(2G)/GPRS(2.5G)のセルラーモジュールを搭載した自動検針システムも利用されているが、普及段階はさまざまだ。河上氏によれば「フランスやドイツでは早くからLPWAの検討が始められていた。中国ではつい数年前まではまだGSM/GPRSだったが、いまでは3Gを飛び越えて急速にNB-IoTに置き換わっている」という。

オーストラリアのサウスイーストウォーターや中国の深圳水務グループなど、すでにNB-IoTによるスマートメーターの実用事例も出てきた。NB-IoTネットワークは現在20か国以上で商用サービスがスタートしており、今後も各国で商用化が進んでいく。こうした世界市場をターゲットにできるのも、3GPP標準規格の強みだ。

身近なところから社会を変えるIoT

ユーティリティメーターのスマート化は、街や都市のスマート化を後押しする。セルラーネットワークを利用するNB-IoTは災害にも強く、災害発生時に水道やガス経路の緊急処置を迅速に行える。消費者側も自分のユーティリティ利用量を日ごろから把握できれば、エネルギー利用への意識が高まるだろう。IoTはこうして身近なところから少しずつ社会を変えていくのだ。

中国の深圳水務グループはファーウェイ、チャイナテレコム(中国電信)とともにNB-IoTスマートメーターを商用化。収集したデータをクラウドで解析してスマートな水道管理を実現している